第四章 ダナンへ(ガイド シタイ)

留学の国 ジパング

〝留学の国 ジパング〟記事の内容はとてもシンプルだった。日本に来たばかりの留学生と食事に行きクエムに通訳してもらう。その様子をFacebookに日本語とベトナム語でアップした。

クエムが担当したのは日本に来たばかりの留学生を探す、食事中の通訳、ベトナム語で通訳文を書く、この3つ。焼肉、中華、ベトナム料理、懇親会、スーパー、途中からチャムと言うベトナム人留学生も参加し週1回くらいのペースで配信していた。

時にはベトナム本土の日本語学校から「あなたは何をしている人ですか」「卒業生の世話をしてくれてありがとうございます」などのダイレクトメールをいただいた。長年僕が縛られていた何かから徐々に開放されていく、何事にも代えがたい時間を手にしていた。

ただそうは言っても現実は仕事や家族の生活もある、20代のように自由気ままに好きなことだけをしていられない。周りからも「アイツ大丈夫か」「また変なこと始めたよ」そんな声も聞こえた、確かにその通りだった。

葛藤

当時僕の中で2つの考えが衝突していた。1つ目は1日も早く大きな利益を出せるよう今まで同様に不動産賃貸仲介の仕事へ投資をする、2つ目は海の物とも山の物ともつかぬ東南アジア関連の仕事へ投資をすることだ。

理由は、1つ目の仕事なら世の中にあるプラットフォームを使えば確実に早く大きな利益を出しやすい。ただそれで数年後、僕は本当に幸せになれるのだろうか。

2つ目の仕事は、会話もままならない留学生を相手にする、成果を出すには時間もかかる、いやそもそも成果が出るのかも分からない。ただもしも数年後に成果が出た場合、東南アジアを旅しながら働ける。僕にとってこんな幸せな働き方はないだろうと思えた。

もう失敗はできない。今僕の目の前にある数少ないヒト・モノ・カネ・情報をどのように使えば最短で最大の成果を得られるのか迷っていた。

そんなある日、僕の脳裏に第一章で紹介した「週4時間」だけ働くが浮かんできた。

“銀行に100万ドル貯めこむなんて、ちっともファンタジーにならない。お金を使って得られる完全に自由なライフスタイルこそファンタジーだ。そこに疑問が湧いてくる。100万ドルがなくても億万長者のような完全に自由なライフスタイルをとりあえず手にするのはどうしたらいいのか?”

引用:「週4時間」だけ働く、P26より

僕は、何のために独立したのか、目的は何なのか、自由を手に入れたいのか、金を稼ぎたいのか、ハッキリしよう。

自由を手に入れよう。東南アジア関連の仕事に投資することにした。理由は、働き方で失敗しても死ぬときに生き方では成功したと思いたかったからだ。

ガイド シタイ

夕方、店舗隣のカフェテラス席で楽しく会話をしているシウの声が聞こえた。僕は少し聞きたいことがあったので外に出て声をかけた。するとシウは、アンとハム2人のベトナム人留学生とニコニコ話しながら店内に来た。

僕はシウと簡単に話を済ませ、今日は何の集まりなのか聞いてみた。するとこれから学校の友達と一緒にハムの送別会をするとのこと。

こんな時期に送別会はおかしい、詳しく聞いてみた。するとハムは、学校に無断で何度も帰国して最近退学になったそうだ。また何でそんなに帰国したのか聞くと、ベトナムで商品を安く買い付け日本在住のベトナム人留学生に販売をしていたそうだ、留学生と言う名のバイヤーだった。

ハムはニコニコしていた。その話を聞いた僕はハムを怪しいと思ったが、愛想も良く不思議と彼の商売っ気と行動力を魅力的に感じ、ハムに質問した。

「僕が、ベトナム旅行に行ったらガイドしてくれますか?」

「ハイ ガイドシマス。ソノシゴトシタイデス。オネガイシマス」

「場所は、どこでもいいですか?」

「ハイ」

「分かりました。じゃぁ今年の年末ベトナムに行きますね」

「ハイ ヨロシク オネガイシマス」

留学期間の短いわりに日本語はそこそこ上手、後日クエムからハムはベトナムで日本語学校を運営する会社社長の親戚、身元はしっかりとしていると聞き安心した。

よし、今年の年末はベトナムへ3泊4日のサーフトリップに行こう。その日からベトナムのサーフポイントを調べることにした。すると国土の半面は海岸線にも関わらず情報はかなり少ない、サーファーにとって未開拓の国だ。

その中で唯一サーフィンできそう、サーフポイントとして名の出る地域が、ベトナム中部にある湾岸都市ダナンという街だった。ダナンは、中部最大の商業都市でありながらエメラルドグリーンの海が広がる美しいビーチ、大自然を感じる山々、そしてビーチリゾートらしいラグジュアリーホテルやヴィラも立ち並ぶ、ベトナムのハワイと書いてあるサイトもあった。

そして近くにはホイアンと呼ばれるノスタルジックな港街もあるとのこと。ここはベトナム8つの世界遺産のうちの1つ、19世紀に建てられた木造建築物と港街のコラボレーションは幻想的で近年日本から訪れる人も増えているそうだ。

もしもダナンでサーフィンできなくても久しぶりにビーチリゾート感を味わうことはできるし観光も出来そうだ。これからのベトナム人留学生との話のネタにもなるだろう、ここに決めた。

強制送還

後日チケットを買いに駅前の旅行会社へ、当時の直行便は中部国際空港からダナンはない、成田のみだった。僕は少しでも長い時間異国情緒を味わいたい、料金も安かった釜山(韓国)経由を購入、ハムへ旅行先とスケジュールを連絡することにした。

すると帰国後ハムは、ホーチミンの日本語学校で働いていた。ホーチミンとダナンの距離は900km、日本で考えると東京から福岡くらい、飛行機で1時間30分必要だった。話の途中さすがにこの距離だとガイドに来れないだろうと思たが、ガイドの勉強をしたいので彼女を連れてダナンに行きたいと言う、嬉しかった。

しかし後で冷静に考えるとハムと会ったのは一度だけ、それもたまたまシウの友達で話を10分程度しただけだった。なんなら退学で強制的に本国へ送還させられたベトナム人、本当に信頼しても良いのか、当日になって突然用事ができて行けなくなったと言われてもおかしくない、考えれば考えるほど不安になっていった。

2016年12月28日正午ダナンに向けて自宅を出発した。

自宅から中部国際空港へ直行バス1時間30分程度で到着、その後チェックイン、保安検査、イミグレーションを終え出国ゲートへ向かう。今回短い期間にせよ20年ぶりの1人旅行、自然に心は弾んでいた。

途中の売店で買ったビールを飲みながらダナンのサーフポイントや波情報をチェック、その数分後空港で受け取る予定だったWi-Fiを忘れたことに気づいた。まぁ3泊4日の短い旅行、ホテルも一般的なランクにしたので問題はないだろう、逆にない方が昔っぽくて面白いと感じていた。

フライトがない

定刻に中部国際空港を出発した。

まずは釜山へ。僕にとって釜山の乗り継ぎは、少しかもしれないが韓国、朝鮮半島の空気を生で感じれる良い機会と考えていた。その理由は、この時日本のメディアは竹島問題・慰安婦問題で日韓関係の冷え込みを連日放送していたからだ。いつも多くの外国人が利用する空港のため問題はないと思うが、実際日本人が韓国へ立ち寄った際に韓国の人はどのような対応をするのだろうか、少し興味があった。

また、今回行きの釜山での乗り継ぎで気掛かりなことがあった。それは乗り継ぎ時間が1時間30分程度とかなり短く、チケットに添えられた案内用紙に注意マークがついていたことだった。ただそうは言っても同じ空港内、きっとスタッフがスムーズに乗り継ぎを誘導してくれ大したことは無いだろうと、考えながら釜山に到着した。

いよいよ空港内の乗り継ぎ手続きが始まる。それは予想に反して全体的に時間がかかっていた。僕の英語力はその辺りの中学生程度、チケットを見せながら急いでいる状況をスタッフに伝えようとしてもなかなか伝わらない。そして身も心もバタバタしながらどうにか18時発の釜山からダナンへの出国ゲートへ到着、やっと一息ついてホッと出来ると思いきや予想外の事態が発生した。

なんと予定していた釜山からダナン行きのフライト名が掲示板にない、ヤバい、もしかして乗り遅れたのか。また下手な英語とチケットを見せ、ダナン行きのフライトをスタッフに確認した。するとなぜかフライトは18時発ではなく22時発とのこと、そしてそのフライトですでに僕の予約が取れていた。初めからこのフライトだったのか。どういうことなのかまったく理解できなかった。

僕はすぐ日本の旅行会社に連絡し状況を調べたかったが、先ほどの通りWi-Fiを忘れていた。さらにこの空港にフリーWi-Fiがない、最悪の状況だ。マズい、ダナンの空港へハムが向かっているはずだ。そもそも予定していたフライトですら到着時間は夜中11時、申し訳ない気持ちだった。それがさらに遅れ翌朝3時になるとは、待ちきれずハムは帰ってしまうのでは。早くこの状況を伝えたかった。

とにかくフリーWi-Fiを探そう。空港内を走った、意外に小さな空港だった。あちらこちらで接続できるか試してみたが、iPhoneの画面に韓国語や英語の文字が出てもイメージで接続できていないことは分かった。

そしてたまたま立ち寄ったトイレの前で、会員制ラウンジフリーWi-Fiの看板を見つけた。僕はその受付で今回も下手な英語とジェスチャーで今の状況を伝え、フリーWi-Fiだけでも接続させてほしいとお願いした。

するとスタッフ数人韓国語で話し合いすぐにOKをもらえIDとパスワードをゲットした、韓国人はとても優しかった。

やはり日韓関係の冷え込みは、政治家やごく一部の人の考えであって僕のような凡人が気にするような話ではないな、と感じながらハムに連絡し状況を伝えた。

分かったのか、分かってないのか分からなかった。ただ

「マッテイマス、ダイジョウブ、ダイジョウブ」

と言っていたので遅れることは理解できたはず、まずは一安心した。さてこのまま図々しく有料ラウンジにいるわけにはいかない、外に出ることにした。すると僕のiPhoneは少しであるものの、まだフリーWi-Fiを拾っていた、ラッキーだ。僕は有料ラウンジ出入り口の脇を陣取り、日本の友人に連絡して状況を調べてもらった。

相変わらず楽しそうだね

友人は慣れた口調で

「今調べてやるよ、カチカチカチ、えーっと、 このフライト共同運航便だね、何かあってずれたんじゃないの。 次の釜山からダナン行きはやっぱり22時、旅行なんてそんなもんだよ。お前は相変わらず楽しそうだね!」

とサラッと言われた。フリーWi-Fiは途切れ途切れで詳しい情報交換までは出来ないものの、釜山から22時のフライトでダナンに行けることに間違いはなさそうだ。

まーいっか、確かに旅行はこれくらいの方が楽しかもしれない。出発まで4.5時間も余裕ができた。円をウォンに両替し空港内をプラプラ、後で考えてみればレストランでオーダーしてそこのフリーWi-Fiを頼めば良かっただけだったと思う、反省した。

そして22時、釜山からダナンへ出発した。到着は明日の明け方3時前、はたしてハムはダナンの空港で待っていてくれるのか。それだけが心配だった。

補足:トップ画像のカップは留学生から僕への誕生日プレゼント、お父さんとはお世話になっている日本人をそのように呼ぶらしい、要は僕のあだ名だ。

つづく。

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