第十章 ヒャクエン

 昨日同様、タンさんは車で僕をホテルのフロントまで迎えに来てくれ、クエムとシウの実家に向かった。

20分くらい走るとタンさんは

「カノジョタチ ジッカノ チカクデス」

 と教えてくれた。周りを見渡すと民家は少なく、整理されていない土の道にうっそうと樹木が立ち並び、僕たちはその土の道を走っていた。ふと後ろを振り返る、するとひどい砂ぼころりで樹木の中から野良犬たちが何事かと飛び出しこちらを見ていた。

 次の角を左折した。すると左手にこの町らしからぬ整備された敷地、新旧合わせ複数の立派な建物が建っていた。そうこの家が僕にベトナムを教えてくれたクエムとシウの実家だ。

 僕たちは入り口脇の駐車スペースに車を停め敷地に入った。すると祖父らしき人が僕たちに気づき、笑顔で居間を案内してくれた。居間は白を基調としたタイル張りの床、木目の飾り棚、二階へ昇る螺旋階段など今まで訪問したベトナムの一般家庭とはまったく異なった洋風スタイルの内装だ。

 僕はこの家に初めて来た日本人なのか。物珍しさに祖父母、親戚の皆さんが挨拶に来てくれた。僕はお茶をいただき皆さんと歓談、そして僕はクエムとシウの両親がいないことに気づいた。

 僕は気になり祖父に聞いた。すると両親は仕事の都合で長いこと都会に住んでいるそうだ。もしかしたらクエムとシウは、親元を離れこの田舎町で祖父母や親戚の皆さんに優しく育てられたのかもしれない。

 実は僕も子供の頃、両親は共稼ぎでほぼ家にいなかった。そのため祖父母に育てられた身、もしかしてクエムとシウに親近感が湧いたのはそれが理由だったのかもしれない。

 昼食の時間となり別棟へ。移動の合間に少し敷地を覗いてみた。すると豚小屋、鳥小屋、畑、大きな倉庫など僕はこの敷地を見て、ここで何か商売をしているのだろうと察することができた。

 昼食中タンさんより

「ベトナムノ サケヲ ツクッテイマス ノミマセンカ」

 なるほどクエムとシウの実家は酒造を仕事にしていた。ただベトナムの酒とは今まで聞いたことがない、どんな酒なのか。親戚は小さなグラスを僕に差し出し酒を注いでくれ、僕は一口飲んだ。

「ん、かなりアルコールがきつい。あれ、これウォッカだ」

 周りの人たちは僕を見て、ベトナムの酒はアルコールがきついだろうと言わんばかりに微笑んでいた。僕は一時間もすると緊張が解け異国の雰囲気に心が弾み、ベトナムのローカルフードを食べながらビールやベトナムの酒をがぶがぶ飲み気が付けばかなり酔っていた。そして1本750ccくらいのボトルを持ち祖父に聞いた。

「これは日本でいくらだと思いますか」

 少し間を開け

「ヒャクエン」

「え」

 一流のウォッカではないかもしれない(たぶんウォッカだと思う)。しかしこの類の酒が日本で1本100円で売られることはない、普通に考えれば1,000円弱はするだろう。僕は酔っぱらい聞き間違いかと思い聞き直したが同じ答えだった。

 ベトナムの酒1本750ccで100円、本気なのか、冗談なのか。もしこの話が本気ならこの1本をいくらで業者に販売しているのか。これはビジネスになると感じた。

 ただビジネスとは僕がこの類の酒をベトナムから仕入れ、日本で販売したいことではない。何らかの商品やサービスをベトナムで作り日本で販売出来れば、経済格差を活かしたビジネスになると思えたからだ。留学生からベトナムの物価や賃金は安いと聞いていたが、まさかここまで安いと思わなかった。

 時計を見ると時間は15時ごろ、まだ日は明るく他の場所を探索出来る時間でもあった。しかし僕はかなり酒に酔っていた、またここでビジネスのネタらしいことも聞けたので、今日はこれ以上出歩くのは止めホテルへ戻り休むことにした。

 翌日、帰国前にベトナムの不動産エージェントとのランチに出かけた。ベトナムの不動産は、賃貸仲介サービスよりも古い建物を日本人駐在員向けにリノベーションしサブリースするビジネスが流行っている様子だったが、僕にそのような資金は無いので不動産系の仕事は諦めた。

 その後、少し観光をしながら片道3時間くらいかけてノイバイ国際空港へ向かった。車中今回のタイビンを振り返ると前回のダナン以上に良い体験や気付きがあり充実していた。その中でも特に1本750ccのウォッカを日本で販売したときの値段を100円と言ったクエムとシムの祖父は印象的だった。僕はタンさんに聞いた。

「この町の月給はいくらいですか」

「ニホンエンデ、ツキ4マンクライデス」

 もう少し深く聞いても、月に4万円あれば地方で普通に暮らせるそうだ。やはり僕はここベトナムを何らかの商品やサービスの仕入れ先にし、日本で付加価値を付け販売したい。最近は洋服でもメイド イン チャイナに並んでメイド イン ベトナムも多く見かける。時流で考えてもこのビジネスに可能性はあると感じた。

 ただ大きな問題もあった。それは資金や人脈といっても留学生程度しかない僕がどうやってベトナムと日本と繋ぐビジネスを立ち上げるのか。またそんなサービスをサラリーマン時代に経験したこともない。ビジネスのイメージは出来ても実行するにハードルはかなり高いと感じた。

 窓の外を見ていると遠くにノイバイ国際空港が見えた。時間はもう20時過ぎ、真っ暗な空を往来する飛行機の光がとてもきらびやかで幻想的だ。

 僕は今サラリーマン時代と比べ、人生の可能性に妥協無く挑戦できている充実感はあった。ただこれからどうしたらよいのか、日に日に不安が膨らんでいる恐怖感もあった。なんとも言い難い複雑な心境だ。

つづく。

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