三話 人を疑うだけでは、何も始まらない。

「留学の国ジパング」を立ち上げて半年が過ぎた頃だった。秋の冷たい風が肌を刺すように感じる夕方、店隣のカフェテラスからシウの声が店内まで響いてきた。少し聞きたいことがあった僕は、引き寄せられるように店を出た。

「イマカラ ソウベツカイ」

そうシウは言った。でもこんな時期に送別会とはおかしい。理由を聞くと、友人が学校に無断で何度も帰国を繰り返し、ついに退学処分になったというのだ。その退学になった当人、目の前でニヤニヤしているハムだった。

警戒した。私利私欲でせっかくの留学をダメにするとは、信用という大切な宝を自ら放り投げるような行為だ。なぜそんなことをしたのか質問すると、彼は照れくさそうに

「カノジョ アイタイ」

笑うしかなかった。彼のユーモアに魅力を感じた僕は、また質問した。

「僕、ベトナムに行ったらガイドしますか?」

「ハイ シマス ソノシゴト シタイデス」

「場所は、どこでもいいですか?」

「ハイ」

その日本語はぎこちないもの、真剣さが戻っていた。その後、学校関係者に彼の身元を確認したところ、ベトナムの日本語学校を経営する社長の親戚、身元はしっかりしていた。少し安心した僕は言った手前、年末のベトナム旅行を計画することにした。

初めてのベトナム、旅行先に選んだのはダナンだった。エメラルドグリーンの海、豊かな山々、そして「アジアのハワイ」と呼ばれるリゾート地。留学生たちとの会話のネタになると思い、彼へ旅行先とスケジュールをメッセージした。

彼からの返信は、今ホーチミンの日本語学校で働いているとのこと。ホーチミンとダナンの距離は約900km、日本でいえば東京から福岡ほどの遠さだ。さすがにこの距離では来ないと諦めかけたその時、また彼から返信が届いた。

「ダナン イキマス ダイジョウブ アンシンシテ クダサイ」

彼と会ったのは一度だけ、それも偶然の出会いに過ぎない。また彼は退学処分を受けた学生だ。周囲から退学の理由は商売をしていた噂まで耳にする。そんな彼を信頼していいのだろうか。頭をよぎるのは最悪のシナリオばかり、約束の日に姿を現さない、音信不通、もしかしたら詐欺かもしれない。

しかしどこかで彼を信じたい自分がいた。人を疑うだけでは何も始まらない。心の中に冷たい波が押し寄せてくる。不安という霧が視界を遮っている中、僕はただ、その時を待つしかなかった。