第七話 ホイアン
ホイアンは、ダナン市から南へ30kmほどに位置する、時の流れに取り残されたかのような古い港町。1999年には「ホイアンの古い町並み」として世界文化遺産に登録され、歴史の息吹を今に伝える。
特徴は、歴史的建造物が並ぶノスタルジックな街並み、夜になると無数のランタンが灯り、幻想的な光に包まれる旧市街地。ベトナムで最もロマンティックな郷愁を誘う街。僕たちはタクシーを使ってホイアンへ向かった。ダナンを出発し、まずは片側2、3車線の広い道路をひた走る。やがて道幅が狭まり、一般道へ入ると、歩道には屋台がひしめき、地元の人々が暑さをしのぐように集まり会話を楽しんでいた。そして街の風景は、ゆっくりと観光地の顔へと変わっていった。
さらにホイアンへ近づく。目に飛び込んでくるのは、ランタン売りの出店、観光客向けの洋風なホテルやカフェ、そして英語の看板や外国の国旗。異国情緒が色濃くなり、世界遺産の街がすぐそこにあることを実感する。そして、タクシーは角を曲がった。
目の前に広がるのは、まるで別世界。黄色を基調とした歴史的建造物が立ち並び、湖面や川面には港町らしいきらびやかな風景が広がる。そこを優雅に往来する屋形船。まるで絵画の中に迷い込んだかのような光景。ここがホイアン、美しき旧市街地だ。
僕たちはタクシーを降り、橋の脇にある屋台でバインミーを買い、川沿いを歩く。時刻は14時。まだ陽が高く、ランタンの光が揺らめくナイトマーケットや、トゥボン川の灯篭流しを見ることは叶わないだろう。だが、幸いにも風はなく、空は晴れ渡っている。川面に映る歴史的建造物は、まるで逆さ富士のごとく、鮮やかに上下反転し、実物以上の存在感を放つ。その幻想的な光景を、僕以外にも多くの観光客が夢中でカメラに収めていた。
次に向かったのは来遠橋、別名・日本橋。ホイアンのランドマークとも言えるこの橋は、16世紀半ばに日本人が架けたもの。ホイアンは当時、外港として日本・中国・ポルトガル・オランダとの貿易で栄え、日本人も300人以上住んでいたという。その日本人街(東)と中国人街(西)を結ぶ架け橋こそが、この来遠橋だ。
橋は全体的に赤を基調としたデザイン。屋根は瓦、歩道や柱は木造、橋脚はレンガで作られ、歴史の重みを感じさせる。色あせた塗装、黒光りする木材、苔むしたレンガ。どれも時の流れを刻み込み、この場所で営まれてきた幾千もの物語を静かに語りかけている。
そして、通りをいくつか巡り、カフェでお茶を飲み、出店で土産を買いながら、穏やかに観光を楽しんでいた。そんなとき、ふと思った。
ハム、いいな。
彼の日本語はあまり上手ではない。しかし、僕にベトナムを楽しんでもらいたい、ベトナム人を知ってもらいたい、その一心で、彼は一生懸命動いてくれている。今回の旅の目的は、ビジネスのきっかけを探すこと。もしかしたら、このハムとの出会いこそが、そのきっかけなのかもしれない。
その日の夜、僕たちはシーフード鍋を囲んだ。ビジネスパートナーとしてハムを選ぶべきかどうか、まずは彼の人柄や仕事観、家族構成などを聞き、その後にベトナム人の給料や働き方など、より一般的な情報を尋ねてみた。
そして、僕はハムに聞いた。
「もし、僕がベトナムで仕事をしたいと言ったら、一緒にやりますか?」
「ハイ、シタイデス。ニホント シゴトシタイデス。」
ハムと出会ってからまだ短い。しかし、彼の人柄、行動力の良さは十分に伝わってきた。完全に信頼したわけではないが、ビジネスパートナーとして選んでも問題はないだろう。この夜、僕たちは明け方までくだらない話をしながら飲み明かした。出会いに感謝し、直感が間違っていなかったことを祈りながら。