九話 間取り図作成はどうだろうか。

半年後、僕は2回目のマーケティングでメディアアシスタント・クエムの故郷、タイビンへ旅に出た。
その様子を日々Facebookに投稿すると、想像もしなかった反響が返ってきた。浜松のみならず東京や大阪からもDMが届く。小石を投げた池が大きな輪を描くように。ベトナムにおけるFacebookの拡散力の凄まじさに驚かされると同時に、オフショア挑戦への自信が胸に芽生えていった。

Facebookを始めたのは2014年10月、会社を立ち上げたばかりの頃だった。
「これからはSNSの時代だ」
そう言われ、軽い気持ちで始めたものの、最初は反応ゼロ。やがて投稿は途絶え、使わなくなっていた。それが数年後、まさか東南アジアと未来をつなぐ架け橋になろうとは――。

数ヵ月後、僕は東京のフランチャイズ本部を訪ねた。実は僕が長年お世話になった古巣の会社で、懐かしい上司や同僚との打ち合わせとなった。その後社長とランチをとったとき、僕が「今、東南アジア進出を目指している」と話すと、

「聞いたよ。最近ベトナムに行ってるんだって?何か面白いビジネスがあれば一緒にやろう」

その寛容さ、一言は、霧の中に差す一条の光のようだった。共感、協業――心が震えた。
だが次の瞬間、胸が締めつけられるような苦さが押し寄せた。

独立して数年、思うような成果は出せなかった。結局は古巣に頼り、フランチャイズに加盟して生き延びてきた。東南アジア進出も古巣の後ろ盾なしでは叶わないのか。情けなさが、影のように付きまとう。

また、独立し優雅に暮らす元同僚や元部下たち。彼らの姿が頭をよぎるたび、自分の歩みが小さく見え、胸の奥が焼けつくように痛んだ。

しかし「今は四の五の言っている場合じゃない。この機会を活かさずして、いつ東南アジアを目指すのか」直感が告げた。ここが勝負時だ、と。

僕は急ぎビジネスモデルを描き始めた。留学生向けの賃貸仲介、駐在員向けのオフショア仲介。だが現実は厳しい。人件費、広告費――頭の中で計算すればするほど、背筋が冷えた。

そんなときふと、元同僚と飲んだ日のことを思い出した。
「事業をもっと広げたい」元同僚は独立して数年が経ち実業家の顔をしていた。僕も拡大を否定するつもりはなかった。しかし「独立したのなら、サラリーマンでは得られない体験をしたい」と別の願いの方が強かった。理想はアメリカの起業家ティモシーフェリス氏(週4時間だけ働くの著者)のようにオンラインビジネスを立ち上げ、働きながら世界中を旅したいと密かに夢見ていた。

そして閃いた。間取り図作成はどうだろうか。

これなら人脈も知見も活かせる。まさに夢見たオンラインビジネスだ。

すぐに調査した。中国、カンボジア、ベトナムにも同様の会社は存在した。古巣の力を借りれば、短期間で低コストに立ち上げられ、そして恩返しも出来るはずだ。また業界は「みなし残業問題」で揺れ始めていた。今後外注ニーズは必ず高まる。その中でも間取り図作成は最も外注化しやすい。

僕は3つの作図ソフトを購入し、Facebookで求人を出した。すると、あのハムから連絡が入った。ダナンで僕を案内してくれた彼だ。仕事内容を説明し、「保証はできないが一緒に挑戦してみないか」と尋ねた。

一週間後――返事が届いた。

「コノシゴト ヤリタイ。コンドニホンニイキマス。オシエテクダサイ」

胸が熱くなった。僕と共に挑戦したいと言ってくれたのだ。これでプロトタイプを作るパートナーが決まった。

さらに、僕の店で働いていた2人のベトナム人留学生も仲間に加わった。こうして、間取り図作成代行サービスは、緊張と期待の入り混じる中で――静かに、その産声を上げた。

つづく。