私の偏愛ーー不動産エージェント(賃貸)二章

そう伝えたものの、本当に送迎は前村で大丈夫なのか。ベテランの高橋、新人の加藤はどうなんだ。自分に問い直した。

だが答えは揺らがない、彼しかいない。それは彼の案内決定率の良さもさることながら、彼の強みは「人の心に寄り添う力」だ。どんなお客様にも自然な距離感で話しかけ、安心を与えられる。その姿を何度も見てきた。

前村に送迎を任せるのは、単なる効率のためではない。お客様の心を開く最初の扉を、彼に託したかった。車を送り出す際、私は前村に「案内も任せたい、車内から会話を意識してほしい」と伝えた。その瞬間、彼は任された重みを感じ取り、表情がわずかに引き締まる。私は心の中でうなずいた。彼はその期待を力に変える人間だと。

次に、大崎と浜田を呼び寄せ、医慶大生向けの物件カードを五、六枚用意するように指示する。二人を選んだのは、新着、価格改定、煩雑な交渉、誰もが嫌がる細かい作業を淡々とこなし、その積み重ねが確かな情報力となり、私の大きな信頼や期待へと繋がっていた。

私は彼らの姿に「職人」の影を見る。表舞台で派手に成果をあげることはないが、見えない努力の一つひとつが、確実に店舗の基盤を支えている。新人時代、ベテラン社員が手を動かさず不満を漏らしていた彼らが、今や自ら進んで情報を拾い、整え、武器に変えている。その変化を思うと、胸の奥に温かいものがこみ上げてきた。

営業社員たちは皆、浜松駅への送迎、医慶大生の応対、ご案内、数え切れない日常を積み重ね成長している。そしてそれらが一人ひとりの「手際」になり、今目の前で店舗全体の「力」になっている。私にとって誇りそのものだった。

やがて十三時過ぎ。店内の空気が張り詰める。窓越しに、前村の車が戻ってきた。強い逆光で後部座席が見えない、ご両親と息子か、いや違う母親と息子の二人だ。前村が軽やかに指先で入口を示し、穏やかに会話を交わしながらエスコートしている。ふと彼と目が合った。小さな合図「大丈夫です」と言わんばかりの確信が、その瞳に宿っていた。そして自動ドアが開いた。その瞬間、店内スタッフが一斉に立ち上がり、作業の手を止め、声を揃える。

「いらっしゃいませ、こんにちは!」

それはまるで体育大学の集団行進を思わせる、統率の取れた迫力のある挨拶。誰かが音頭を取ったわけではない。日々の営業活動で磨かれた呼吸と声のトーンが、自然と一糸乱れぬ調和を生み出していた。多少の圧を感じるお客様もいるかもしれない。だが、営業の現場では元気の欠如こそ致命的だ。私はそう信じ、前向きに捉えていた。

私は常に言い続けてきた。
競合ひしめく中、お客様を店舗まで呼び込めた営業社員は素晴らしい。それは同時に、お客様が当社に大きな期待を寄せている証でもある。だからこそ、第一印象の言葉遣い、身だしなみ、表情、姿勢。そのどれか一つ期待の1%でも欠ければ、その瞬間、商談全体に影を落とすことになる。ゆえに私は、店舗の挨拶は「立ち上がり、手を止め、挨拶すること」を伝えていた。そしてそれは店舗の顔であり、私たちのサービスそのものでもある。

お客様の表情が、挨拶の瞬間に和らぐ。目元に微かな笑みが浮かんだのを見て、私は心の中で小さくうなずく。よし、第一印象は成功だ。

つづく。